ルールは破るためのものなのか。

「ルールは破るためにある」という言葉の意図するものはなんなのか。

世の中には一件極端に感じる言葉も、何かしら秘められた意味があるのかもしれない。

例えば「ルール」という言葉を「昨日までの常識」として考えてみる。
そうすれば、「昨日までの常識(ルール)」を超える良いものを創出しよう…と解釈することもできる。

ただ、考え方や判断を誤ると、単なる迷惑でしかないのである。
ルール違反してまで結果を求めるのであれば、責任は全て自己で取る覚悟が必要だと思う。

さて…昨年から何度か声を掛けてもらっていることがあり、
趣味の一つとして始めていた競技スポーツのチームに誘われている。
そのチームは、年間を通して「リーグ戦」というものに参戦しており、その目的として優勝を目指し、技術や精神面の向上、人とのコミュニケーションを育むことにあります。
このリーグ戦に参戦しているチームは、各都道府県毎の細かいエリアまで細分化されており、最終的には日本代表までの道がある夢あるスポーツでもある。

こう言ったチームの幾つかから声を掛けていただいているのだが、とても悩ましいことがある。

気になるチームが複数あるのだが…
お試し的に「ゲスト」という立場で参加してみて様子を伺ってみたいのだが…。
ある暗黙のルールがある。

Aというチームに「ゲスト」で参加した場合…A以外の他チームに参加することが出来ないのである。
もしAチーム以外への参加を希望するなら、何シーズンかの空白の時間を持つべきなのである。

この暗黙ルールの意図することは、人とのコミュニケーションを守ることにもあると考えます。
例えば、Aチームの「ゲスト」で参加した場合に、Aチームのメンバーは「ゲスト」が次期シーズンに参戦してくれるものと考えます。
その結果、「ゲスト」が次期シーズンに他のチームに参戦していたとなると話は別です。

いわゆる「引き抜き」などのコミュニケーショントラブルの原因になるからです。

それぞれのチームは、いろいろな問題を抱えており、その多くが人手不足で悩んでおりチーム存続の為に努力をしています。
無論、チームメンバーを増やすことで主催側や管理店舗の売り上げにも大きく関係してくるのです。

まぁ稀に、人手不足で「ゲスト」としてではなく「ヘルプ」として人員を確保している場合もありますが、
そこまでしてチームを存続させようとしているのは、参加しているメンバーの意図するものではなく、
そのチームの管理店舗が売り上げのためにだけ存続させているようにしか感じられません…。
不運にも、この様なチームに参加してしまった場合、個人的には次期シーズンを共に戦う選択枠はありませんが…。

そんな事など色々と考えると、
声を掛けていただいているチームの「ゲスト」として参加することに躊躇してしまうんですね。

この暗黙のルールとやらを無視し、他のチームにも参戦してみることもありなのかもしれない。

しかし、自分の価値を過信し見誤った結果、単なる迷惑にしかならなかった場合に居場所を狭めていくことに恐怖もある。
やはり、ルール違反してまで結果を求めるのであれば、責任は全て自己で取る覚悟が必要だということか。

折角、新しい物語が始まろうとしているのに…
つまらない考えで、不毛な時間を費やしている。

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